top of page

柵の歌。

  • 執筆者の写真: roco
    roco
  • 2020年8月1日
  • 読了時間: 2分

ree


柵の歌。


カン、カン、カン、


あ。今日もだ。


カン、カン、カン、カン、カン、


毎晚、夜七時前。


住宅街のあちこちから夜ご飯のにおいがしてくるこの時間。


ご飯だよ、なんて声が聞こえてきそうなこの空気を実際に震わしているのは、


カン、カン、カン、


いつも、あの音だ。


カン、


「いつも、そこで何をしてるの?」

音の元へむかえば、少女がいた。

音の正体は少女が木の枝を使って歩きながら柵を叩いている音だった。

「歌を歌ってるみたいでしょ」

少女はニカッと笑う。

そしてまた、歌い始めた。


カン、カン、カンカン、カン、


「おうちに帰らなくていいの?」

「うん、もう少し」

「どうして?」

少女はおぶっていたランドセルを一度しょいなおしながら「うーん」と、難題に答えるように唸る。

「まだ、考えてたいから」

「何を?」

「なんだろうね」


カン、カン、カン、


「帰り道ってつい考え事をしちゃうでしょ。でもおうちに入ると、いろいろ、楽しい事も嫌な事もあって、考えることやめちゃうの。忘れちゃったりするの」


カン、カン、カン、カン、カン、


「それがなんかさびしいの」


カン、カン、カン、


「でも、きっとそれでいいんだよね」


カン、


「だってずっと考えてたら疲れちゃう」

少女は歌うのをやめてこちらをみた。

その瞳は「そうだよね?」と同意を求めているようだった。

「そうだね」

僕の返事を聞くと少女はまた笑って話を始める。

「うん。だからね、さびしくないよー、だいじょうぶよーって歌を歌うの」

「柵で?」

「柵で」

「君は歌えないの?」

「自分の声じゃ意味ないでしょ」

変なこと言うのね、少女が可笑しそうに笑う。

「どうして?」

「だって自分に歌ってあげたいのに」

言われて、なるほど、と思った。

自分に「大丈夫」と言い聞かせたいのに自分の声では確かに安心できない。

なんだかこの少女がすごく頭の良いことをしているように思えた。

「ねぇ、ところで、あたしも聞いていい?」

「どうぞ?」

「あなたはどうしていつも、わざわざ家を出てまであたしの歌を聞きに来るの?」

少女と僕の目がぴたりとあった。

あぁ、この子は本当に頭が良い。


カン


答えも聞かずにまた、少女が歌いはじめた。


カン、カン、


考え事はまだ続く。


カン、カン、カン、


僕は絞り出すように一言答えた。


カン、カン、カンカン、



「だって、自分の声じゃ意味ないからね」


カン、







★タイトル『柵の歌。』

★朗読時間:約5分

★ひとこと:

小さな頃に柵を叩いて音を鳴らしていたなぁ、と考えながら書きました。

朗読をする時は、たくさん出てくる「カン」という柵の音いろんな読み方をして楽しく読んで貰えたらいいなぁ、と思っています( *˙ ˙* )💭



※Spoon内での朗読枠、CAST投稿以外の利用はTwitterにご連絡ください。 ※著作権を放棄しているわけではありません。 著者を偽る、無断で他サイトに載せるなどの行為は盗作となります。ご注意ください。



最新記事

すべて表示
走馬灯はまだ消えない

初めて死体を見たのは18歳の時、恐ろしいよりも美しいと感じた。 次の瞬間考えていたのは『この死体は何処へ行くのだろう?』という事だった。 父の身体だったそれは、当たり前だがぴくりとも動かず、そこにただじっとしていた。 もうこの身体はどこにもいけない。...

 
 
 
また、月はのぼるから(本番ver.)

企画『月が綺麗ですね』書き下ろし Spoonで上演した作品の台本のため、定期の指示と歌の指示も入っております。 定期なし歌なしで読んでいただいても、もちろんかまいません。 歌をいれる場合は著作権等、充分気をつけてください。 CAST 羽美(海月) 暖良(トキワ)...

 
 
 
この世界を選んだ君へ

『この世界を選んだ君へ』 (The朗読会2『この世界を選んだ君たちへ』改変) ()…ト書 ※語尾や一人称の変更などしてもらって構いません。自然な自分で語れる読み方をしてください。 (優しい呟きから物語は始まる) なにも間違ってないよ (花の音が聞こえる)...

 
 
 

Comments


bottom of page