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執筆者の写真roco

柵の歌。




柵の歌。


カン、カン、カン、


あ。今日もだ。


カン、カン、カン、カン、カン、


毎晚、夜七時前。


住宅街のあちこちから夜ご飯のにおいがしてくるこの時間。


ご飯だよ、なんて声が聞こえてきそうなこの空気を実際に震わしているのは、


カン、カン、カン、


いつも、あの音だ。


カン、


「いつも、そこで何をしてるの?」

音の元へむかえば、少女がいた。

音の正体は少女が木の枝を使って歩きながら柵を叩いている音だった。

「歌を歌ってるみたいでしょ」

少女はニカッと笑う。

そしてまた、歌い始めた。


カン、カン、カンカン、カン、


「おうちに帰らなくていいの?」

「うん、もう少し」

「どうして?」

少女はおぶっていたランドセルを一度しょいなおしながら「うーん」と、難題に答えるように唸る。

「まだ、考えてたいから」

「何を?」

「なんだろうね」


カン、カン、カン、


「帰り道ってつい考え事をしちゃうでしょ。でもおうちに入ると、いろいろ、楽しい事も嫌な事もあって、考えることやめちゃうの。忘れちゃったりするの」


カン、カン、カン、カン、カン、


「それがなんかさびしいの」


カン、カン、カン、


「でも、きっとそれでいいんだよね」


カン、


「だってずっと考えてたら疲れちゃう」

少女は歌うのをやめてこちらをみた。

その瞳は「そうだよね?」と同意を求めているようだった。

「そうだね」

僕の返事を聞くと少女はまた笑って話を始める。

「うん。だからね、さびしくないよー、だいじょうぶよーって歌を歌うの」

「柵で?」

「柵で」

「君は歌えないの?」

「自分の声じゃ意味ないでしょ」

変なこと言うのね、少女が可笑しそうに笑う。

「どうして?」

「だって自分に歌ってあげたいのに」

言われて、なるほど、と思った。

自分に「大丈夫」と言い聞かせたいのに自分の声では確かに安心できない。

なんだかこの少女がすごく頭の良いことをしているように思えた。

「ねぇ、ところで、あたしも聞いていい?」

「どうぞ?」

「あなたはどうしていつも、わざわざ家を出てまであたしの歌を聞きに来るの?」

少女と僕の目がぴたりとあった。

あぁ、この子は本当に頭が良い。


カン


答えも聞かずにまた、少女が歌いはじめた。


カン、カン、


考え事はまだ続く。


カン、カン、カン、


僕は絞り出すように一言答えた。


カン、カン、カンカン、



「だって、自分の声じゃ意味ないからね」


カン、







★タイトル『柵の歌。』

★朗読時間:約5分

★ひとこと:

小さな頃に柵を叩いて音を鳴らしていたなぁ、と考えながら書きました。

朗読をする時は、たくさん出てくる「カン」という柵の音いろんな読み方をして楽しく読んで貰えたらいいなぁ、と思っています( *˙ ˙* )💭



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