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執筆者の写真roco

あくまで個人的な愛





『あなたの、遠慮した小さい笑顔』

『あなたの、すらっとした後ろ姿』

『あなたの、ふわふわな髪』

『あなたの、少し赤い頬』

『あなたの、まっくろな瞳』

『あなたの、まぬけな寝顔』

『あなたの、爽やかな香り』

『あなたの、色が薄いくちびる』

『あなたの、』



「なにこれ」

手にしたノートには、彼女の可愛らしい字がびっしり並んでいる。

「なにって、書いてあるでしょ、表紙に、タイトルが」

「いや、タイトルって言ったって⋯」

『あくまで個人的な愛』

⋯そのタイトルが意味不明だから聞いてるのだ。

「あたしの好きなものをたくさん書いていくノートなの」

不思議ちゃんな彼女の考えることは平凡な私にはよくわからない。

彼女はここ最近いつでもうわの空で、視線を斜め上にあげてはこのノートになにかを書き込んでいた。

親友、なんて、そんなくさい言葉はあまり使いたくないが、多分彼女にとってそのポジションにあたる私はなんとなく気になってノートを見せてもらった。

わかってはいたが、読んだところで夢中になる理由はまったくわからない。

夢の中に住んでるような彼女の思考回路は毎度のことながらまったく理解できない。

でもまぁ、嫌いでもない。

周りを気にして小さく行動する奴より、夢の中だろうと堂々と歩いている彼女の方が好感がもてるから。

だからこそ、こうして毎日一緒にいて、いつの間に親友というポジションに落ち着いていた。

「なんで、そんなタイトルにしたの?『好きなものノート』とか、なんか、もっとわかりやすいのにすればいいのに」

「ダサい。本当センスないわね」

「そこまで言わなくても」

自覚はあるけど。

「『あくまで』って言葉がいちばんしっくりきたの。あくまで、の意味わかる?」

「意味?えーっと、」

なんとなくはわかるが、いざ説明しろと言われると難しい。

悩む私をみて彼女は満足そうに笑って説明をしだす。

「語源はね、『飽きる』の『飽くまで』からきてるの。つまり、飽きるまで、徹底的に、物事を最後までやり通す、とかって意味がるの」

「へぇ」

この親友がクラスでも避けられる不思議ちゃんのくせに頭はいいことを思い出す。どこでそんな雑学を手に入れるのだろう。

「だからね、飽きるまで書いてやろうと思ったの。たくさん書けばそのうち飽きるだろうって」

斜め上に目線を向ける。最近の彼女の癖だ。

そういえば、彼女は片思いをしていると漏らしていた。

絶対に叶わないとも、漏らしていた。

「で、飽きた?最後、書きかけじゃん」

いちばん最近書かれたそれは『あなたの、』で止まっている。

「それがね、飽きるとか飽きないとかじゃなかった」

「ん?」

「私個人の愛は、本当にあくまで私個人の愛だったの」

「うーん......は?」

不思議ちゃんよ、私は君みたいにポエマーじゃないのだ。頼むから共通言語で喋ってくれ。

目を細めてそれを訴えれば「もういいわ」と彼女がため息とともに言う。

「恋を知らないあなたにはきっとわからないわね」

「..うるさいな。女子高生がみんな男に憧れると思うなよ。あたしは、部活で忙しいの」

最近、特に周りが色めきだっていて嫌になる。

勝手に盛り上がっているならいい。だけど女の子というものは「えーだれが好きなのー?」とか「そんなこと言って、実は彼氏いたりしてー」とか、とにかく面倒なのだ。

無理やりするものでもないのに、どうしてそんなに強制するのか。

「ねぇ、悶々としているところ悪いけどあなたの次の授業は移動じゃなかった?」

彼女は自分の左手首の内側を見せながらそう言う。

焦りながらその腕を掴んでそにある白い腕時計を見れば、もう昼休みが終わりに近いことがわかる。

「うわ、もうこんな時間か!」

「早く行ったら?」

「うん!」

勢いよく立ち上がったあとで、自分の手の中に彼女のノートがあることを思い出した。

「これ、」

「あぁ」

ノートを返すと彼女が一瞬だけ寂しそうな顔をした気がした。

親友として声をかけてあげたい気持ちはあるが、言葉が見つからない。恋なんて知らない私には。

「それ、また、書けたら見せてよ」

「え?」

「よくわかんないけど、暇つぶしにはなるし」

「失礼ね」

「ごめん、ごめん。じゃ、行くわ」

少し離れてから振り向けば、彼女がこちらをみて笑った。

たしかに彼女は不思議ちゃんではあるが、女の私から見ても可愛いと思える美少女だ。

あんなに優れていても、手に入れることが出来ないことがる。

それが恋だと思うとその複雑さは、やっぱり私には理解できない感情だと思った。



返されたノートを脇に置けば静かな風がページをめくる音がする。

少し先でふわふわな髪がまわって、すらっとした背中が振り向いた。

視線があって笑い返せば、彼女は遠慮がちに小さく笑った。

形のいい指がひらひらと私に手を振っている。

「形のいい指、も、書こうかな」

ノートに手を伸ばせばちょうど風が最後のページをひらいたところだった。

『あなたが、あなたである限り』

『飽きることなく、徹底的に』





★タイトル『あくまで個人的な愛』 ★朗読時間:約10分 ★ひとこと:

最初の言葉が最後に掛かってくる系のお話がすきです。

女の子のお話ばかりになっていて、男性は読みづらくて申し訳ない💦

これ、全然男性同士でも書き換えられるので要望あればお声かけください。

あと、サイト開設1ヶ月がたちました\(˙꒳˙ )/いつもありがとうございますm(__)m



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