たいようが一日の仕事をおえて、ゆっくり眠りにつこうと思っていた時、どこからかふたりの女の子の声がしました。
その子たちは、たいようがオレンジ色に染めた地面を、子ども部屋の窓からじっと見つめています。
「ねぇ、まひる」
「なぁに、さよ」
静かに問いかけた女の子の名前はさよちゃん。
元気にこたえた女の子の名前はまひるちゃん。
ふたりは双子の女の子です。
「今の時間はさ、こんにちは?こんばんは?」
さよちゃんがまひるちゃんに向き直って言いました。
まひるちゃんは考えます。
「うーん、まだおひさまがいるからこんにちは、かなぁ?」
「でもね、見て」
さよちゃんはそう言って部屋の時計を指さしました。
長い針と短い針がぴんと真っ直ぐになっています。
「6時だね!」
まひるちゃんが言います。
「6時なの!」
さよちゃんも言って、また、続けました。
「夜ご飯の時間もうすぐだよ、きっと」
夜ご飯なのに、こんにちは?、とさよちゃんは首をかしげます。
まひるちゃんもつられて首をかしげました。
たしかに、『夜』ごはんと言ってる時間に、こんにちは、であっているのかな?
ふたりは、うーん、と思わずうなってしまいました。
「こんにちは…こんばんは…うーん、みんなどっちを使ってたっけ…」
まひるちゃんの考えている声を聞いて、さよちゃんも考えます。
ふたりは昨日や、その前の日や、ずっとずっと前の日も思い出そうとして、もっともっと頭をうーんとかかえました。
どうしても思い出せないので、さよちゃんは言いました。
「ねぇ、もしかしたら、私たちが知らないだけでこの時間のあいさつがあるのかな?」
「この時間のあいさつ?」
「うん。こんにちは、と、こんばんは、のあいだのあいさつ」
ふたりは顔を見合わせました。そして、次の瞬間には立ち上がって、子ども部屋を飛び出しました。
ふたりにはそういうところがありました。
言葉に出さなくても、考えていることが目を見るだけでわかってしまう。
今、お母さんに聞いてみよう、と、言葉に出さずにわかったように。
お母さんはちょうど台所で夜ご飯の準備をしている所でした。
「「おかあさん!」」
ふたりの声が重なります。
「あら、ちょうどいい。夜ご飯の時間ってわかったの?もうすぐお皿に乗せ終わるから、持ってってくれる?」
お母さんは夜ご飯の煮物を大きなお皿に盛り付けながら言いました。
「持ってくよ!持ってくけど!!」
まひるちゃんが早く知りたくて少し大きな声を出しました。
「あのね、おかあさん。今の時間のあいさつをおしえてほしいの」
さよちゃんは落ち着いておかあさんにききました。
「今の時間のあいさつ?」
「うん!あるんでしょ?こんにちは、と、こんばんは、のあいだのあいさつ!まひるとさよはそれがしりたいの!」
まひるちゃんはおかあさんのエプロンを掴んでせっつきました。
おかあさんは、先程のふたりと同じように、うーん、と言ったあとで答えてくれました。
「こんにちは、と、こんばんは、のあいだはないの。こんにちは、から、こんばんは、にうつっていくの。…ふふ、まひるとさよといっしょ」
「どういうこと?」
意味がわからず困った顔をしたさよちゃんの頭を撫でて、おかあさんは続けました。
「まひるとさよはふたりいっしょに産まれたけど、まひるがさきで、さよがあと。その間には何も誰もいないでしょ」
「じゃあ、どっちであいさつしてもいいの?」
少しつまらなそうにまひるちゃんが言います。
「そうよ。ちゃんと心をこめていればね」
まひるちゃんはやはりつまらなそうに下を向きました。
そんなまひるちゃんをみてさよちゃんはいいあいさつを思いつきました。
「ねぇ、まひる、あのね、」
おかあさんには聞こえないように耳元であいさつを伝えれば、まひるちゃんはみるみる笑顔になりました。
そして、ふたりはおかあさんに言いました。
「こんにちは!」とまひるちゃん。
「こんばんは!」とさよちゃん。
「え?」
同時に聞こえた声におかあさんは聞き返しました。
「あのね、この時間のあいさつは、まひるがこんにちは、で、さよが、こんばんは、にするの。私たちいつもいっしょだからふたつのあいさつが言えるの」
「さよが思いついてくれたの!素敵でしょ!」
「あら、本当に素敵なあいさつね」
そうでしょー?、とふたりの声がまた重なります。
「うーん…おかあさんはなんて返そうかしら…じゃあ…こんばんにちは?」
困ったように笑ったおかあさんの返事にふたりはすごくワクワクしました。
「「こんばんにちは!」」
いっしょに声に出せば、新しい言葉にまたワクワクします。
その時です。玄関の扉がひらく音がしました。
「「おとうさんだ!」」
ふたりは顔を見合わせて、今度は玄関まで走っていきます。
「おう、まひる、さよ、ただいま」
「「こんばんにちは!」」
「ん?こんばん?なんて言った?」
「あのね、こんにちは、と、こんばんは、のあいだのあいさつを考えてて、」
ふたりは帰ってきたお父さんに一生懸命説明をしました。
お父さんは、そうかそうか、と、ふたりの頭を撫でてくれました。
「せっかく素敵なあいさつができたのに残念だけど…」
お父さんはそういうと玄関の扉を少しあけました。
「「あ」」
ふたりが玄関からそとをのぞくと、その景色にはもうひとつもオレンジはなく、夜の色ばかりでした。
「お父さんにもこんばんにちは、ちゃんと言いたかったのになぁ、ね、さよ」
「うん」
「じゃあ、明日教えてくれよ。こんばんにちはの時間。明日は一日家にいるからね」
本当?と、ふたりはまた嬉しくなって、思わず跳ねました。
そこにおかあさんがやってきて、明日の話をして、いつの間にか4人の笑い声が玄関の隙間から響いていました。
たいようはそっと目をつむりながら、その笑い声を聞いていました。
月が大きなあくびをして、こんばんは、のはじまりです。
★タイトル『こんにちは?こんばんは?』 ★朗読時間:約10分 ★ひとこと:
まひるちゃんとさよちゃんは双子ちゃんのためで言葉の使い方の差が少ないため、台詞の違いがわかりづらく、たぶん初見朗読は言い間違えます。注意です(*- -)(*_ _)ペコリ
ちなみにふたりの名前は漢字で書くと真昼ちゃん、小夜ちゃん、と書きます。そのままです(笑)
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