元気よくセミが鳴く夏の日のことです。
おやつを食べ終わったうみちゃんは、お父さんと手を繋いであぜ道を散歩していました。
青くて広い空と、もくもくと浮かぶ白い雲と、どこまでもつづいていきそうな畑の緑が、うみちゃんの目の前にあります。
「よく晴れてて気持ちがいいな、うみ」
お父さんがうみちゃんのほうを見ながら笑顔でいいました。
いつも仕事で忙しいお父さんは、大好きなうみちゃんと一緒に散歩ができることが嬉しそうでした。
うみちゃんもお父さんが大好きです。
だからお散歩は、とっても嬉しかったのですが、それ以上に嬉しくないことがありました。
「お父さん、気持ちよくはないよ。暑くて大変だよ」
うみちゃんのおでこからは、大粒の汗が流れています。
お気に入りの水色のワンピースにも汗がしみています。
お父さんとの散歩は楽しいけれど、この暑さは気持ちいいとは、うみちゃんは思えませんでした。
「あぁ、うみすごい汗だね。ごめんね、ちょっと歩きすぎたかな。そうだ、ちょっと涼みにいこうか」
お父さんはそう言うと、いつもと違う道へ歩き始めました。
しばらく歩くと小さなお店につきました。
お店の目の前は屋根のようなものがついていて、そこに出来た日陰の中にベンチがひとつ置かれています。
「うみ、ここに座ってまっておいで」
お父さんはそう言うとうみちゃんを残してお店へ入っていきます。
お店の中からお父さんとお店の人の声が聞こえます。
うみちゃんは言われた通りにベンチに座りました。
ガタン、
その時、どこからか音がなりました。
うみちゃんは音がどこから聞こえたのか気になってベンチの下をのぞこうとしました。
すると、
ガタン、
また、音がしました。
同時に少しベンチが揺れました。
どうやらベンチが音をたてているようです。
うみちゃんが少し身体を揺らすとそのたびに音がなります。
ガタン、ガタン、ガタン、
楽しくなって遊んでいるとお父さんが戻ってきました。
「うみ、暑いのにそんなに動いたら、もっと暑くなるぞ」
お父さんは可笑しそうに笑いながら、うみちゃんに「ほら」と冷たいものをくれました。
ひんやりした青いビンです。
「お父さん、これ、なぁに?」
「うみが大好きなしゅわしゅわのジュースだよ」
うみちゃんは嬉しくなってすぐにそれをあけようとしましたが、どんなに力をいれてもふたが回りません。
うみちゃんの大好きな、あの、ぷしゅっ、という音がしません。
「かしてごらん」
お父さんはうみちゃんの手からそれを取ると、ペリっとふたの部分をいじって、小さなカギのようなものを出しました。
初めてみるそれにうみちゃんはワクワクしました。
「なにそれ!なんてなまえ!」
「これ?なんていうのかな…名前はわからないけど、このジュースをあけるための道具だよ」
やっぱりカギだった、とうみちゃんは納得して、カギが必要なジュースなんてとっても高価で美味しいに違いないと、またワクワクしました。
お父さんはそのカギをふたの部分に当てて手のひらでぐっと押し込みました。
すると、
ぷしゅっ、
うみちゃんの好きな音がしました。
でも知らない音も一緒に聞こえてきました。
コロン、
音と一緒に小さな丸い玉がビンの中に転がります。
「なにこれ!すごい!」
うみちゃんはもう、楽しくて仕方ありません。
「ビー玉だよ。家にもあるだろ?これはラムネって飲み物で、ラムネのふたはビー玉なんだよ」
言いながらお父さんがラムネをうみちゃんに渡してくれました。
コロン、コロン、
動かす度にビー玉が揺れて音がします。
うみちゃんは自分の顔の目の前にラムネを持ってきて、ビー玉が動くのをじっと見てみました。
ラムネの向こう側の青い空と白い雲がビー玉の中に浮かんでいます。
こんなに綺麗で面白いものがあるなんて、と、うみちゃんはすぐにそれが好きになりました。
「早く飲まないと、冷たくなくなっちゃうよ」
言われてうみちゃんは焦ってラムネを飲みました。
しゅわしゅわが口の中に広がります。
甘い匂いもします。
「おいしい…お父さん、うみ、これ、すごく好き!綺麗だし、いい音が鳴るし、美味しい!」
「ラムネは夏って感じがしていいよなぁ。お父さんも好きだよ」
「夏の飲み物なの?」
「決まってるわけじゃないけど、夏によく飲むね」
「ふーん。こんなに素敵なものなんだから、春、夏、秋、冬って飲んでたいな」
「うーん、でも夏といえばって飲み物なんだよなぁ」
「夏といえば?」
「うん、例えば…かき氷とか!夏といえば、だろう?」
「たしかに夏だ!他は?他は?」
「うみも一緒に考えてよ」
うみちゃんは他にもある夏といえば、を探しました。
「はなびは?」
「うん、いいね。すっごく夏っぽい」
お父さんはうみちゃんの頭を撫でて褒めてくれました。
麦わら帽子ごしにお父さんの手が優しく動きます。
うみちゃんはそれがうれしくてもっともっと考えました。
「うーん、夏休みとか?あと…スイカ!セミ!せんぷうき!あと、クーラー!」
思い出せばたくさんの夏がうみちゃんの中から出てきました。
お父さんも一緒に帰り道はふたりで夏をたくさん出し合いました。
蚊取り線香、
うちわ、
風鈴、
おばあちゃんの家、
カブトムシ、
クワガタ、
プール、
「もう、夏はおしまい!みつからないもん!」
うみちゃんがそう言う頃にはもうお家の前に着いていました。
いつもより少し長い散歩も、もうおしまいです。
すると玄関の目の前でお父さんが笑ってまた、うみちゃんの頭を撫でました。
「まだ、夏はあるよ。ヒントはね、」
お父さんはすっとうみちゃんを指さします。
うみちゃんは、ハッと思いついて大きな声で言いました。
「麦わら帽子!水色ワンピース!あとサンダルだ!!」
お父さんはその答えを聞いて、びっくりした顔をして、その後で声を出して笑いました。
「なんで笑うの?」
「なんでもないよ、うみの勝ち」
「ねぇー!なあにー?」
二人の声が玄関の向こうに消えていきます。
外はいつの間にか、夏祭りの音が聞こる時間になっていました。
★タイトル『なつのおさんぽ』 ★朗読時間:約10分 ★ひとこと:
林明子さんの『こんとあき』というとても可愛いお話があります。そんな絵本みたいにかわいい…そして夏…と、ふわふわ書いていたら少し長くなりました。みなさんは夏といえば、何を思い浮かべますか?私は長岡の打ち上げ花火です。このお話を読んだあと枠でもみんなと夏を話せたら楽しそうだなと思う私です( *˙ ˙* )💭
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