[この物語は私の大好きなedenの皆様に送ります]
自分に自信がなくなったなら、ここへ来ればいい。
自分を知ってもらいたいなら、ここで喋っていけばいい。
僕らはいつでも君を待っている。
一週間の仕事が終わった。金曜夜の電車の中。世間は華の金曜日とどこか浮かれていて、私は少しうつむいた。
社会人になってもう3年がたった。
この生活にも慣れたはずなのに、どこかいつも物足りない。
遊びに行く元気はないくせに、寝て過ごすひとりの時間は虚しくて、明日の予定がないことにため息がでた。
気持ちを紛らわすために、私はスマートフォンのメモ帳を開いた。
そこには書き途中の物語がある。
私の唯一の気晴らしは小説を書くことだった。
と、言っても趣味の範囲で、誰に見せたこともなければ、見てもらうつもりもない。
そんな自信はどこにもない。
今、私がいなくなったら、きっとこの物語たちは消えていく。誰も知らないのだから、無も同然だ。
無を産み出して、私はいったい何がしたいんだろう。
思ったより下へ落ち込んでいく自分に、またため息が出た。
その時、誰かの話し声の中からひとつの言葉が耳に入った。
『…エデンの森…』
声のした方へ顔をあげてみるが、そこそこに込み合った車内では誰が喋っていたのかわからない。
懐かしい響きだった。
エデンの森。それはよくある噂話で、いつその話を最初に聞いたかは覚えていない。
たしかおまじないのような、こどもの絵本のような、そんなおはなしだった…
気になって検索をかければ、知恵袋でベストアンサーをみつけた。便利な世界だな、とひとりごちながら、「あぁ、そうだ、こんな話だった」と文面を追った。
"エデンの森は、どこにでもある。
都会の片隅。田舎の真ん中。君の部屋の中。
どこにでもある。
自分に自信がなくなったなら、ここにおいで。
自分を知ってもらいたいなら、ここにおいで。
林檎をひとつもっておいで。
スープンにひとさじ、はちみつをいれて、それを舐めて眠りにおいで。
僕らはいつでも君を待っている。"
林檎をひとつ用意して、スプーンからはちみつを舐めて目をつぶる。
するとエデンの森へたどり着く。
そんな噂だった。
「私は、何をしてるんだろ…」
狭い1Kの真ん中、テーブルの上に林檎と蜂蜜が置いてあるのを見て独り言が漏れた。
電車の中であの話を思い出して、気がついたらスーパーで買って帰っていた。
まったく、馬鹿らしい。
そう、思うのに、どこか心が浮ついていた。
ちょっとした気晴らしになるかもしれない、いつもと違うことをすれば虚しさがなくなるかもしれない。
口の中で蜂蜜の甘さを感じながら、なんとなくそんなことを思いながら目を閉じた。
「エデンへようこそ。君が来るのを待ってたよ」
そんな声が聞こえてきて私は目を覚ます。
「え」
目の前に広がるのは濃く、そして少し暗い緑の森。
薄暗くてまるで白雪姫が迷い込む森みたいなのに、決して恐怖は感じない。
ところどころに、花が咲いているからだろうか。
薔薇に向日葵、一本の桜…季節がバラバラだ。
「こんばんは!君の名前は?」
周りの様子に圧倒されていたら、また声が聞こえた。
どこからの声か、誰からの声かわからない。
「本当の名前じゃなくてもいいの。貴方が呼んで欲しい名前を教えて?」
最初の声は男性だった。でもその後は女性の声だったり、とても幼い声だったり…どちらにしても人の姿は見当たらない。
よくよく周りを見渡せば、人はいないが、犬や猫、奥の方には熊やワニの影も見える。
…見れば見るほど地域も食物連鎖も、全てを無視した不思議な空間だった。居心地がいい事がまた、不思議だった。
そしてなんとなく、動物や植物、それらが喋っているのだと、知らぬ間に私は納得していた。
「えっと、その、私の名前は、」
答えようとした時、足元にネズミがいることに気がついた。
可愛いネズミがこちらを見上げて私の言葉を待っている。
「…私の名前は夕凪空。夕方に凪ぐ空って書くの」
なぜだろうか。ここではそう名乗りたいと思った。
それは、私が中学生の時に考えた自分のペンネームだった。
「私ね、物語を書くのが好きなの」
どこにも、誰にも言ったことの無い自己紹介が口から溢れる。
ここでなら話していい気がした。それほどに暖かい空間だった。
「お話がかけるの?それは凄いね!」
「ねぇ、どんなおはなしー?」
「楽しい話?怖い話?」
私が一言喋ると、みんなが声をかけてくれる。
「え、えっと、不思議なお話かな…?」
少し遅れて私が返すと傍をすっと蝶が飛んできた。
「そのお話、読んでみたいわ」
蝶はよく見れば一匹ではなく何匹も何色も、私の周りを飛び回っている。
「もしかして、話すのは苦手?」
「す、少し、苦手」
「じゃあ、私たちが代わりに読んでいい?」
「え」
「あなたのお話みんなに聞かせていい?」
そういったのは肩にとまった鳥だった。
その鳥は肩から離れたかとおもうと、私の手元にまた止まる。
私の手の中には、知らないうちに一冊の本があった。
いつの間に、と思っていたら、今度は後ろから何かが背中を押した。振り向けば桃色のフラミンゴが私の後ろに座っていて、背中に頭を押しつけて、後をおすように私を押している。
その鮮やかさに驚く間もなく、いっそう大きな声が耳に響いた。
「君が開かなきゃ僕らは読めない」
最初に挨拶をしてくれたあの声だ。
優しくて深みがあって、どこか懐かしいその声は私の手を自然に動かしていった。
その後の事は記憶が曖昧だ。
私の話を蝶や鳥や花や木が代わる代わるに読んでいく。
次は私が、次は私が、そう言って、私の物語を色付けていく。
私はただページをめくった。
楽しくて、嬉しくて、夢中でめくった。
そんな私をいろんなものが暖かく見てくれている。
それが嬉しくて、少しだけ、泣いた。
そうして夜が過ぎていって、木々の隙間から日が差し込んだ。
それを眩しいと思った時には私は自分の部屋にいた。
手の中にはスマートフォン。
書きかけのメモ帳が開かれたままだった。
私はまた自然にそこに文字を打ち始めた。
夢だったのか、本当だったのか、そんな事はどっちでもよかった。
ただ、私はこの続きをみんなが待ってくれているような気がしたから。
だから書こうと手を動かした。
目の前の林檎が少し齧られていたことに気がついたのは、物語が書き終わるころだった。
私は今でもあの森にいることがある。
気がつくとそこにいて、私は何かの動物で、私だけど私じゃない。木々の間で目を覚ます。
そうすると、いつも決まって、人間の姿をした人が戸惑いがちにキョロキョロしているのを見つける。
そうしてあの人のはじまりの挨拶が響いたら、私はその人に近寄ってまたあの時間がはじまるのだ。
「エデンへようこそ。君が来るのを待ってたよ」
★タイトル『エデンの森』 ★朗読時間:約15分 ★ひとこと:
edenメンバーへ、と冒頭に書きましたが、配信アプリSpoonで出会った大切な皆へ、いつもありがとうの気持ちをこめました。(朗読するかわからないけど最初の[ ]は飛ばして呼んでいいよ!(笑)) 出てくるキャラクターに心当たりのある人もいるのでは?
気になった方は是非、Spoonで「バートラム」と検索してみてください。
edenは君が来るのを待っていますよ(*ˊ˘ˋ*)
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