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執筆者の写真roco

幽霊になった夏






俺は今まで生きてきて彼女が一番に綺麗だと思った。

彼女は夏の幽霊だった。

彼女の中では、花火が咲き、波がよせて、風鈴が鳴る。

これは夏を必死に追いかけた俺の恋の話だ。




彼女と出会ったのは町はずれの廃工場だった。

噂は一日で広がるような狭いこの町で俺が唯一自由にいられる場所。

高校生になって半年、俺は毎日のようにここに通っていた。

親にも友達にも邪魔をされない静かな空間が大好きだった。

港町だから遠くから少しだけ波の音が聞こえてくる。

無音というわけにはいかないが、それでもうるさい声はすべて忘れられる。それだけで俺にとっては特別だった。


それなのに、7月も終わろうとしていたある日、彼女は平然と廃工場の中心に現れた。


真白のワンピースからすらりと手足をのばして、綺麗な横顔で上を見上げている。

この場所に不釣り合いなその姿に一瞬たじろいだが、自分の居場所を守るために声をあげた。

「なにしてんの」

問いかけに、天井から漏れる光をじっと眺めていた彼女はやっとこっちを向いた。

その時に違和感に気がついた。

天井からの日が彼女の中にも続いている。

「君、私の事が見えるの?」

「は?」

「気がついてないの?」

透き通った声がどこか上から自分に問いかけてくる。

どういう意味かと考える間もなく、彼女は一瞬で自分の目の前にきた。

"一瞬"と言う言葉がこんなにちょうど良いと思ったことも無いくらいに一瞬だった。

風が吹くように飛んできたから。

そして驚く俺のことなど無視してその手で胸を撫でてくる。

と、思ったら、その手は胸を通り過ぎて俺の身体の中で揺らめいた。

「私、幽霊よ?」

今までの現象の答え合わせをすると、俺の方によせていた手をそっと自分の口元に持ってきて彼女は笑った。

俺はこの時に、確実に彼女に心臓をとられたんだと思う。


「またきたの」

それから俺は彼女の元へ通った。

「また来たって言うけど、今までここは俺の場所だったんだけど?」

「こっちも何度も言ってるけど、私ここの地縛霊なの。ここから出られないの。だからここは、私の場所なの」

歳は少し上だろうか。彼女は今日もどこか偉そうに言葉を投げてくる。

彼女が言うには、夏の間だけなぜかここに閉じ込められてしまう地縛霊だという。

「正確にはこの街に2回上がる打ち上げ花火の間よ。最初の花火の音で目が覚めて、2回目の最後の花火で意識が飛んじゃうの」

この街で花火があがるのは7月の終わりと8月の終わり。特に深い意味はないらしいが、この街で育った子供たちは、夏の始まりと終わりの合図は花火だと思っている節がる。

「もう、何年前からこういう状態かわからない。目が覚めた時に『あぁ、今年もかぁ』って思うだけ。あと、わかっているのは、」

私はここから出られないってことくらい。

そういって彼女はガラスが外れた窓から外を眺めて少し遠くを見た。

「外に出たい?」

「…波の音が聞こえる」

「え、あぁ、ちょっと歩くとあるよ、海」

「海がみたいな、とは思うかな!」

全力で笑った彼女の半透明な身体の中で水面のようなものが光った。

彼女が海を思い出したのだろうか。

切実な願いだと訴えられている気がして、どうにかしたいと心がうずく。

どうにかして彼女をここから連れ出して海を見せたい。

波風立てない。無難に過ごす。

それが自分の芯だと思っていたから、そんな自分の衝動に自分で驚いた。

「無理なんだけどね」

微かに笑いを含んだその声が、自分をまた掻き立てたのだった。



彼女が「出られない」というのはどういう意味なのか。

それから俺は彼女との会話からそこを探った。



「誰かにダメだって言われたわけじゃないけど、なんかダメだなぁってわかるの!女の勘!」


「足先くらいなら出せるのよ。その先はなんか、わかんない、でも、こわい」


「いいの。ここからでも波の音は聞こえるし。ほらどこかで風鈴の音も。花火は最初と最後に見れるし。満足よ」


「誰かが手を引いてくれたら出れるかもね」


彼女の話から推測すると、外に出たら消えるとか、そういうことではなさそうだった。

ただただ、彼女がここから出るのを怖がっている気がした。


だったら、俺がその手を引ければ。


そう思ったけれど、どうにも無理だった。

なぜなら俺は彼女に触れない。

物理的に無理ならば、言葉で気持ちを引けないか。

考えていろいろな言葉をかけてみたが、「むり」「やだ」「だーめ」の3種類の言葉がローテーションで返ってくるだけだった。


説得するという方法があまり効果的出ない事を感じながらも、言葉の駆け引きはまた面白く、毎日がどんどん過ぎていった。

彼女のタイムリミットに焦りながらも、どうしても上手くいかなかった時のために秘策は用意していた。


ただ、この最終手段はきっと誰の得にもならない。

彼女の得すら危うい。

ほとんど自己満足だ。

でもそれの何が悪いのか、と俺はこの時本気で思っていた。


善悪なんて、

損得なんて、

そんなものが通用しないのがこの気持ちで、

きっとこれを初恋と呼ぶと、

馬鹿みたいに確信していたから。




★タイトル『幽霊になった夏(前編)』 ★朗読時間:約10分 ★ひとこと:

さて、このあとどうなるでしょーーか!!

どうなって欲しい?…まぁ、決まってるけどな!!(なんだこいつ)

更新滞っててごめんなさい┏○ペコ




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