第一夜
こんな夢をみた。
「まぁ、とりあえずやってみようよ」
そう言って母は今日の現場に入っていく。
私と母と妹の3人は昔から幽霊が見えた。
それをいかして、今は親子3人で霊媒師の仕事をしている。
しかし、私達3人には霊媒師として大きな欠点がある。
私達は確かに幽霊がみえる。
そして幽霊と話せる。
しかし、私達は幽霊を祓うすべをきちんと知らない。
馬鹿げている。いや、本当に馬鹿げている。
でも、仕事なので仕方がない。
母は言う。「話せるなら説得できる、説得できるならどいてもらえる」と。…無茶である。
「それでもダメならとりあえず誰かにうつってもらって、現場からどけばいい。その後、説得すればいい」…無謀である。
今日の依頼は、古い一軒家に住む老夫婦から「その部屋で寝ると誰もいないのに視線を感じる。気味が悪いから見て欲しい」というものであった。
2階角部屋。綺麗に整頓されたその部屋に足を踏み入れて、大きなため息…は、我慢して、かわりに大きく息を吸った。
はっきり見える。2体。
角のタンスの上に女の生首、そして床にペタペタと這いずる赤ん坊。
どっちが厄介だろうかと頭を抱えていたら、女がこちらをぎょろりと睨んだ。
が、睨み方が独特である。
というのも、睨む時に人は目線だけを移動させる。というか、それしか普通出来ない。
でも、さすが、幽霊様。普通なんて通用しない。
その女は確かに向こう側を向いているのに、目元だけがふたつ、反対側に移動してきて、真っ直ぐにこちらを睨んでくるのだ。
これは、こっちが厄介かな…と思うやいなや、赤ん坊が私達に気がついてこちらに向かってくる。その顔がぐちゃぐちゃで、正面から見たら人の子だとは判別できない。
どっちも普通に厄介である。
「いや、こわいわ」
私が言う。
「女の人、めっちゃ見てるね」
母が笑う。なぜ笑う…。
「とりあえず寝ようかな、そうじゃないと喋れなそうだし」
呑気か、妹よ。その、"とりあえず精神"をどうにかしないと今に痛い目にあうぞ。
心の中でツッコミながらも、部屋の中心、布団の中にもぞもぞと妹が入っていくのを黙って見つめた。
妹が「よし」と、目をつぶる。
それと同時だった。女の生首が視界から消えた。
「あ、やべ」
妹が言う。見れば妹の顔に女の顔が重なっている。目だけは相変わらず変な位置から私を見ている。
「動けなくなったわ。あとよろしく」
軽く笑うと、すやぁと妹は眠りについた。
同時に女は、にたぁと笑う。
丸投げである。末っ子ってそういうとこがある。
とにもかくにも、あの女の笑い方は危険だと思ったので、走りよって妹の肩を掴む。
はらうことはできない。けど、自分の気を送ることは少しできる。
凄いことのように聞こえるけど、なんてことない。
看病なんかする時に、手を握って「大丈夫よ」とか言ったりするのも気を送る一種である。
あれが幽霊にはよく効いたりするのである。
とにかく肩を掴んで「生きろ、生きろ。とられるな、とられるな」と心の中で妹を励ます。
するとぎょろっという音と同時にほとんど妹と同化している顔が動いた。
「からだ、ほしい」
…いや、おっかな。
「この体はあなたのものじゃないのよ。あなたの体はどこにいっても、この世にはもうないの」
なにもしてない母が、聖母マリア様みたいな優しい声色で言う。なにもしてない母が。
「からだ、…え、ないの」
「ないよ」
「もらえ、ないの」
顔の近くにいき母はしゃがんで、はっきり言った。
「もらえない」
「…やだ、いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだ!」
女は目をあっちへこっちへぎょろぎょろさせて、体を探し始めた。
そしてばっと動きがとまった。
私の目を見て。
「おまえの、からだ、でもいい」
…いや、いやだいやだいやだいやだ!!!
というか"でもいい"って表現がまたいやだ!妥協で取るな!!
危ない気がして離れようとすれば、おぎゃぁと、声がした。
妹のお腹の上、ちょうど子宮のあたりだろうか、赤子が乗っている。
楽しそうにぺたぺたとお腹を叩いているが、その手が少しずつお腹に埋まっているのがみえた。
この子は妹に孕んでもらうつもりだ。
身に覚えがないのに子供ができた、という話を聞いたことがあるだろうか。
聞いた側は「『覚えがない』と口では言っていても、本当は何かあったんだろうな」と考えているかもしれない。
もしくは、本人の知らぬ間に、可哀想に、とか。
でも、真相はこれである。
赤子の幽霊が子宮に直接入った。ただそれだけ。
「だめっ」
片方の手で赤ん坊に触れようとすれば、ぐちゃ、とそのからだが崩れる。
おぎゃぁぁぁ、と痛そうな泣き声が耳に痛いほど響いた。
こういうのは精神的にしんどい。
できるだけ崩さないように、頭に触れるか触れないかで優しく撫でた。
幽霊と言えど、赤子は赤子だ。
「この子は君のお母さんじゃない、ダメだよ。おろされて終わっちゃう。生まれ変わってこなきゃ。綺麗にしてもらって。そしたらまた新しいお母さんを探しな」
赤ん坊の顔はぐちゃぐちゃで目も口もどこにあるかわからない。
でも言葉は届いたのか、泣くのをやめてじっと私の顔を見たあとサラサラと金色の砂に姿を変えて消えていった。
同じタイミングで、妹の顔、もとい、女の霊にずっと話しかけていた母が立ち上がった。
母が立ち上がると同時に女の霊は首だけの姿で一目散に部屋から飛び出していった。
目のぎょろぎょろ具合は同じだったので、たぶん、あれは、諦めてないだろう。
大きなため息をついて、私はもう何度目になるかわからない台詞を母に言う。
「もう、こんな仕事やめたい」
そして母も飽きたであろう台詞で返す。
「他に仕事がある?」
こんな夢はもう見たくない。
★タイトル『悪夢十夜 第一夜』 ★朗読時間:約15分 ★ひとこと: あまりにも悪夢を見るので、もう見たらそれっぽく小説にしてやることにしました。
ざまあみろ悪夢!次に出てきてみろ!また話のネタにしてやるからな!!目指せ十夜!!!
…真面目な話、あまりにも悪夢を見て寝れない時はちゃんと病院に行きましょうね。
私は昼間めっちゃ眠れます٩(*´︶`*)۶
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