遠くで、連日うるさい蝉がいっそううるさくなる気がした。
それはきっと、あれだけ騒いでいた私たちが一瞬にして静かになったからだろう。
高校二年生の夏休みだった。
一年生の頃のような高校生はじめての夏という緊張もない、三年生のような受験への不安もない、気楽な夏だった。
私と貴方は、誰もいない部室でふたり、たわいもない話で盛り上がった。担任の佐藤がどうだとか、あのイケメンの先輩がどうだとか。
私も貴方もひどく無邪気で、暑さがまた心地よかった。
思春期の男女がふたりきり。
夏の暑さが背を押せば、もう、流れは決まっていたように思う。
ありがちに、恋を匂わせて、またありがちに、唇が重なった。
でも世間のありがちなど、ただの学生の私達には非日常で、顔が近づいてくるあいだは心臓がひどく騒がしくて、どうしようもなかった。
重なった瞬間、連日うるさい蝉がいっそううるさくなる気がした。
塞がれて、声などひとつも無くて、心臓の音もそれが隠して。
どうしたらいいかわからず、離れたあとは微妙な顔でお互い見つめあい、思わず私の口が動いた。
「きっと、」
「え?」
「きっと私、蝉の声を聞くたび今日を思い出すと思う」
「なんで」
「だって、蝉の声がなんか、今、頭から離れない」
彼はなにがおかしいのか吹き出して笑った。
「俺もだ。俺も蝉の声で頭いっぱい。だから、」
もう、一年も前の話だ。
付き合ったのはたったの半年。
お互い忙しくなって、自然消滅した。
別れも潔く、笑いあって、どっちが先に新しい人を見つけるか、なんてまた騒いだりした。
たったそれだけのありがちな話。
なにひとつ引きずっていない、爽やかな夏の話。
だけど、
「あ、」
今年も蝉が鳴いた。
あの部屋の暑さと貴方の笑った顔を思い出した。
胸が、疼く。
貴方はどうだろう。
『だから、俺も毎年思い出すなぁ』
そう言って笑ってくれた貴方はどうだろう。
来年も、
再来年も、
その先も、
きっと、蝉は鳴く。
★タイトル『気持ちはきっと前を向いてるけどそれだけじゃどうにもならないことを痛感した、高3の夏、あの蝉の声』 ★朗読時間:約4分 ★ひとこと:
タイトルをお題としていただいて書いたものです。ドラマや映画などでみかける一瞬、蝉の鳴き声以外の音がなくなる演出が好きです。(伝われ)そんなシーンを想像しながら書きました。アオハルかよ。
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