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執筆者の写真roco

眠り姫と夢を見るまで


ある村にその日、ふたりの赤ん坊が産まれた。

同じ時刻、まったく同じ瞬間に産まれたふたりは、どちらもとても弱々しく、大きく産声をあげることが出来なかった。


村に医者はひとりきり。


ふたりを同時に治療することが出来ずどうしようもなくなったとき、どこからか魔女が現れてこういった。


「わたしがふたりを同時に助けましょう。ただし、ふたりには代償が必要です。ひとりは人一倍多くの眠りを、ひとりは人一倍多くの景色を見ることになるでしょう」



『眠り姫と夢をみるまで』



「ねぇ、ヨル、私ね、人より見れる景色は少ないけれど、人より長く綺麗な景色を見てられるのよ」

急いで木の実をつんでいる僕に、秘密の話をするみたいに彼女は、サンは、笑ってつけたした。


「皆は一度しか見れない景色だって、私は何度も夢の中で見れちゃうんだもの」


「そんなに思った通りに綺麗なものだけを夢の中で見れるかね」


「ふふ」


彼女は目の前の小さな赤い実をひとつ摘んで太陽に透かしている。


「おかしなことをいうのね、ヨル。私が見る景色は全部綺麗なものだもの。いつ、どの瞬間の夢を見たって綺麗なものよ」

「強がりに聞こえるね」


「強がりじゃないわ。事実よ。約束だもの、ね」


「…サンには敵わない」


僕とサンは同じ日、同じ時刻にこの村に産まれた。

弱く産まれた僕達を医者は助けることが出来ず、魔女が僕達を助けたという。


呪いのような代償をつけて。


僕、ヨルは長く眠ることが出来ない。

そして、目の前の彼女、サンは長く起きていることが出来ない。

僕はどうしても、サンの呪いの方が重い気がしてならない。

眠ることが出来なくても人並みの生活は出来るけど、起きてられないとなるとそうはいかない。


だから、僕はサンに約束した。


サンが起きている間、サンが望む限りずっと傍にいると。

サンが見れない分の景色を見て、とっておきだけを君に見せると。

小さな頃、必死に誓った自分を思い出していると、隣で聞き慣れた淡いあくびの音がした。


「眠い?」


聞けば、少しね、とだいぶ重そうなまぶたに抵抗しながらサンが笑う。

今日は起きてからこんなに森の奥まで歩いて来たのだから、随分調子の良かった方だろう。

家に持ち帰る分の木の実をカゴに詰めていれば、肩にずしりと重みがのる。

見れば長いまつ毛を頬の上にのせたサンがそこにいる。


「時間切れだね」


僕はかごを腕に引っ掛け、サンを抱き上げた。

食べる量も少ない彼女は多分普通の女性よりずっと軽い。


「おや、今日もお姫様のお守りかい」


帰る途中、村一番長生きのおばあが僕らを見て微笑んでいる。


「お前達も大変だねぇ」


「僕はいいけど、サンは大変なんてもんじゃない。…ねぇ、おばあでもこの呪いのときかたはわからないの?」


「呪いじゃあないとは思うがね。そうだねぇ…ひとつだけ確かな方法があるさね」


「え、なに?」

「永遠の眠りにつくことさぁね」

一瞬期待した自分に後悔した、そう、おばあはこういうことを言うのだ。


「もう行くよ」


「そう、思いつめるんじゃないよ。ふたり、生きている。それで充分さぁね」


おばあの言っていることがわからないわけじゃない。

だけど、欲しいのはそういう答えじゃなかった。


「ヨル、」


「サン…珍しいね、こんな短い間隔で目を覚ますなんて」


「また、すぐ寝ちゃうと思うわ。…おばあ、面白いこと言ってたね。確かに、永遠の眠りについたら、起きるも寝るも関係ないもんね」


「笑い事じゃないよ、あんな冗談」


「あながち冗談じゃないと思う。だって私達、ちょっと特殊だけど、別に不死身じゃないでしょ。ヨルだって、いつか長い眠りにつく日がくるわ」


自分が長い眠りにつく日のことなんて考えた事もなかった。

なんせいつも数時間で目が覚めてしまうのだから。


「その時は、一緒に眠りましょうね」


サンはものすごく嬉しそうに笑った。


「それまでに、ヨルの見た景色をたくさん見せて。ヨルの事をたくさん教えて。今日、ヨルの好きな木の実を教えてくれたみたいに。そしてヨルの事を百、ううん、千、知りたい。そしたら、千ものヨルを知れたら…いつ…か…」


眠気の限界だったようで声がしぼむように小さくなっていった。



たくさんの綺麗な景色を見てきた。



緑に差し込む太陽、

黄色く色づく森、

月が浮かぶ湖、

君の眠る顔。


ねぇ、サン。

まだ、見せれてない景色がたくさんあるよ。

この木の実がジャムになるところもとても君は好きだと思うよ。


僕はどれだけ君に僕を見せられるだろう。

眠る前の君の言葉を思い出す。


"千ものヨルを知れたら、いつか永遠に眠る時に見るのもヨルの夢よね"


僕の知る中で一番綺麗な君の寝顔を見つめて思う。


「いつか僕も長くて綺麗な夢を君とみたいよ」


呟いた僕の声が聞こえたのかな。

小さく、それでも確かに、寝顔は幸せそうに頬を緩ませた。

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